009 Directions?
デザインのまえにあるもの.デザインのうしろにあるもの.あるデザインの背景にある状況や,クライアントの思い,世界の見方.まだデザインされていない未踏の領域について考えること.あるいは,デザインがもたらしてくれたもの.思いもよらぬ偶然が導いてくれる線を辿りながら,デザインとその周りにある物事を知るための旅に出よう.これは,そういうデザインをめぐる旅のおすそ分け.
What have been before you designed. What might be after you designed. The situation behind a design, the thoughts of the client, and how to see the world. Thinking about unexplored areas that have not yet been designed. Or what the design has brought. While following the line led by an unexpected coincidence, embark on a journey to learn about design and the things around it. This project is a souvenir of such a kind of trip seeking what design is.
from the team UNDESIGNED
Announcement / 告知
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Perspective / 視点
009 Directions? どっち行く?
上がるか、下がるか、西か東か南か北か、はたまた右か左か、あちらかこちらか。押すか引くか。進むか戻るか、あるいは留まるか。意識的であれ、無意識であれ、方向を決めないと人は動けない。人生は選択の連続でできているという話はよく聞くが、そこにはどっちに行くかの向きも含まれている、それが具体的であれ、抽象的であれ。
何かモノやコトをつくるときも選択の連続で、ディレクションと呼ばれる仕事が重要な役割を持つ。グラフィックデザインであれば、アート・ディレクターという職種が確立されているし、映画でいえばディレクターとは監督のことだ。テレビ番組もディレクターにかかっている。建築や空間デザインでは設計や監理がそれに当たるだろう。また、職人のように一人で完結する仕事の中にも、そのプロセスの中でディレクションは行われている。そこをさらに掘り下げていくと、たとえディレクターとしての役割でなくても、もっと言えばデザインやクリエイティブに関係なくても、「その仕事をどうするか」の鍵を握るのは本人であり、そこには必ず「どうするか」というディレクションが介在している筈なのだ。そして、それに意識的になることは(自分の仕事を増やすかもしれないが)とても大事なことだと思う。なぜなら、意識するということは「それをどうしたいか」に自覚的であるということで、そのプロジェクトを自分事として捉えるようになるからだ。
誰かが敷いたレールの上を流すようなフリーライドで楽をしたい時も確かにあるけれど、せっかくやるなら自分が関わるプロジェクトには自分が関わったなりの実感が欲しい。それはある意味エゴかもしれないし、それで折衝や意見の対立も生むかもしれないが、それはコミュニケーションのための切っ掛けでもある。得てして、最終的には自分の定めていた方向以外に、あたらしい方向が生まれてくる場面に立ち会うことになる。そこがまた面白いはずだから。 M.N
Up or down, west or east, south or north, left or right, here or there, push or pull. Go forward, go back, or stay. Consciously or unconsciously, people cannot move without being given a direction. We often hear that life is made up of a series of choices, and that includes the direction in which we are going, whether concrete or abstract.
When creating something or something, there are a series of choices, and the work called direction plays an important role. In the case of graphic design, the position of art director has been established, and in the case of film, the director means the 監督. Television programs also depend on the director. In architecture and space design, design and supervision would be that role. Also, even in the work that is completed by one person like a craftsman, direction is done in the process. Digging deeper into it, even if it's not the director's role, or even if it's not related to design or creative, it's the person, you, who holds the key to "what to do with that job". There must always be a direction of "what to do". And I think it's very important to be conscious of it (although it may increase your work). This is because being conscious means being conscious of "what you want to do with it", and you come to regard the project as your own.
It's true that there are times when I want to take it easy on a free ride that runs on someone else's rails, but if I'm going to go to great lengths, I want to feel like I'm involved in a project that I'm involved in. That might be my ego in a way. So it may give rise to negotiations and conflicts of opinion, but it is also a trigger for communication. Often, in the end, I end up witnessing a scene where a new direction is born in addition to the direction I had decided. That should be interesting, too.
Site / 現場
とあるコンペの写真
これは、第7回WORD AD HIROSHIMAに出品された写真。
このコンペのテーマは「広島が好きになる」
私はこの写真を見てクスッと笑いながら感情が揺さぶられた。
改修工事中の広島駅を背景に、手前に若い女性が2人。
その女性の1人は飲みすぎたのか、もう一人が背中をさすっている。ように見える。
私はその姿に、若い世代が様々な葛藤や壁にぶつかりながら奮闘しているシーンをかぶせてしまった。意図していなくても、やられたと思った。そして、その姿が広島駅が新しく生まれ変わろうとしている姿とリンクして、未来の広島がもっと楽しみになってきた。
個人的な解釈はさて置き、その場の思いつきでとったようなこの写真。
この写真をコンペに出すセンスがなんともいえず好きだ。
ただ、この写真は写真家に認められるのだろうか。
気になっていたが、その写真はファイナリスト4作品に残り、優秀賞となった。
審査員の写真家を含め多くの人が、それぞれの解釈を楽しそうに話していた。
その中で写真家が「こうやって、写真ってなんとでも言えるんですよね 笑」と言っていたのが印象的だった。
もしかすると、受け取る解釈の幅があることも魅力になりえるのかもしれない。
ただ、ここに書いたのは、あくまで個人的な感想。
審査会場で話題をさらっていたこの写真について、いつか本人からお話しを聞いてみたい。「そんなに考えていませんでした」という返答があったとしても、それはそれで写真って面白いと思う。
T.S
Story / 物語
ひろしまのたてものが話せたら その1
illustration and text by Michiaki Nishio
スカスカでスケスケ、中身がほとんど外という変わり種 広島市西消防署
通称「百米道路」と呼ばれる平和大通りに路面電車の線路が合流する西観音町電停のすぐ近くの角地から、私は目を凝らして地域の安全を見守っている。もっとも、実際に働いているのは、私の内部をせわしなく動き回り、常に張りつめた緊張感で「その時」に備える勤勉な消防隊員たち、なのではあるが。
私が建てられたのは、2000年。激動の20世紀の締めくくりの年に日本という場所で私が生まれたことはなかなか面白い現象だと思う。なぜなら、永い歴史の中でほとんどの世界中の建築が背負ってきた役割がここで大きく変わってしまったことを示すひとつの事例となるだろうから。それは、なぜこれほどまでに私が「明け透け」な姿をしているのか、ということと密接に関係している。何千年もの人類の営みを、ひとことで表すのは余りにも端折りすぎているのは承知の上だが、設計者である山本理顕の言葉を借りれば、私は「目的(オブジェクト)ではなくて、アクティビティのための背景(手段)」としての建築、ということになるらしい。
日本中に消防署は数多くあれど、私のような一風変わった消防署は稀であると自負している。私の後に、何となく外観が似たような消防署は市内にも幾つか建てられたが、私ほど「明け透け」なものはない。私は殆どスカスカなのだ。なぜなら、私の中の60%以上は「外部空間」だから。なぜ、スカスカである必要があったのだろうか。
まず、外観はガラスの羽根で覆われており、綿密にその角度は調整され外部からの視線はある程度遮られているものの、空気は否応なくその境界の内側に入り込んでくる。ご覧の通り一歩中に入れば、私はジャングルジムのようなフレームとほぼガラスの壁で出来ている。つまりスケスケでもある。ここまで鉄骨の柱が露出していることや、ガラスの壁が多いことなど、これだけスカスカでスケスケな空間を実現するにはかなりのハードルをクリアしなければならなかった。それだけの労力を払ってまでこれを成し遂げるには、それなりに正統な理由がないと難しい。いくらコンペで決定されたからと言って、事によっては全て穏便に進むはずがない。2020の東京五輪のスタジアムがそうだったように、何かの反対運動が起きてプロジェクトが頓挫することはまあ、よくあることだからだ。
90年代、「透明性」という言葉が注目された。これは、物理的な透明性を意味するだけでなく、情報開示など、政治や社会のあらゆる分野での見える化を意味した。丁度、気候変動やLGBTQなど現代の社会問題が世間の認識を革新していくように、当時の社会に少なからず影響を及ぼした。設計者の山本理顕はそこに注目した。「消防署として、地域の人たちに消防隊員たちの日々の活動や仕事ぶりを公開しよう」これが、建築としての私に与えられたコンセプトで、それを理由に私はコンペで選ばれた。いま思えばそのプロセスはやや民主的とは言い難かったかも知れないのだけれど。
なぜならその決定プロセスに実際の隊員たちの意見が反映されるわけもなく、噂によるとそれを歓迎する隊員たちばかりでは無かったことも私は知っているから。でも兎に角も、そのような野心的な狙いで、そして驚くほど忠実に遂行された。それは、やはり、当時の透明性に対する社会の流れが後押ししたのだろうと思う。時流を読み取って、その野望を実現した設計側に先見の明があったということだろう。このように、たびたびたてものは時代を映す鏡となる。
産業革命後、鉄、ガラス、コンクリートという工業素材によって建築は大きくその姿を変えることとなった。それに合せるかのように、社会や市民生活もかつてに比べて開放的に変化してきたと言えるだろう。20世紀の中ごろになると、欧米では美術館や公共建築に光と開放性を求めて壁や屋根にガラスが多用されるようになり、その後、ほぼガラスの外観のオフィスビルは当たり前のものとなっていった。ただ、その多くは視覚的な透明性や光の獲得にその根拠がある。それに対して、私が独特であると称されるのは、私に与えられた機能と、視覚だけでなく大きく半屋外や外部空間を内包して、空気まで開放されているところにある。つまり、透明性というよりは開放性、ということになるだろうか。山本理顕は私を雑誌に紹介する際に「外部への開放性」「内部での開放性」「地域社会への開放性」と謳った。考えてみれば、かつての日本家屋には障子やふすま、土間や縁側などによって、外部と内部が曖昧な空間が存在していた。そう考えると、私の持っている「明け透け」な感じは、実は日本建築のDNAを宿していると言えるかもしれない。近未来的な外観からは中々感じられないかもしれないが、外部と内部の曖昧な状態はまさに日本的空間なのだ。そして、それを可能にする機能的な要求が整っていたことが、私がここまでスカスカでスケスケであることを許した。本来は敷地内の外部に作られるはずの消防訓練施設をたてものの内部に「外部空間として」組み込むという逆転の発想が、必然的に開放的なたてものを必要とした。この条件でなければ、私はこのようなかたちでは存在しえなかっただろう。
かくして、外から自由に中が覗け、さらに簡単な手続きをすれば4階にある見学テラスに登り、私のそのスカスカでスケスケの中心部に儲けられた吹き抜けのアトリウムで消防士たちが訓練をする様子をつぶさに観察することができることとなった。そして、さらに目を凝らせば、ガラス張りで仕上げてある執務室や、講堂にいる消防隊員たちと視線を交わすことができるかもしれない。つまり(あなたのような建築好きではなく一般的な市民の立場で言えば)ここでは鑑賞されるのは建築ではなく人びとが働いている姿なのだ。これが、私が世界の歴史的な建築の中で特殊だと言われる所以である。 (了)
Essentials / 日常
ここでは,日常の中で見つけることが出来るデザインのエッセンスや,モノやコトへの視点がそれぞれの感性によって語られます.また,UNDESIGNEDを読みながら楽しんでもらうための素敵な音楽のセレクションも一緒に.毎回,UNDESIGNEDのメンバーやゲストの寄稿でアトランダムに構成します.
Here, the essence of design that can be found in everyday life and the perspective on things are talked about by each sensibility. Plus, with a good music playlist for you. Each time, it is randomly provided by UNDESIGNED members and guest writers.
逆読み / reverse reading
本や映画パンフレットを、読んだり観たりした内容からそのデザインを考えてみる。
illustration and text by Maiko Teramoto
意外といい顔建築 / Unexpectedly handsome
普段は単なる風景として見落としてしまうような,でもよく見ると意外といい顔な建築を取り上げます.
Photo and text by Michiaki Nishio
採取場所:広島市西区南観音町5-5-5
屋根と柱。はて、建築と呼べるのか(もちろん法律的には紛れもない建築である)と不安に思うくらいの潔さ。初めて出会った時は二度見した。似たような場所は数多くあれど、ここまで他に何もない建築は初めて見たかもしれない。高さがあるのは、ユニック車に積んだケースに入った空き瓶を積み下ろしするからだろう。酒屋が所有する施設のようだ。
もしここが公園なら、ここが家なら...あまりに原理的な空間なので、いろんな想像を掻き立てられる。最小限の要素で構成された建築の原型。裸の建築。
Soundscape on your day off / 休日の音の風景
毎回,音楽好きの仲間に「今」聴きたい曲やアルバムをセレクトしてお勧めしてもらいます.
We also recommends nice music which is selected by DJs or people who are loving music so much.
Playlist:
選曲と文 / music selection and text by Keita Fujikawa and Mitch
Point on Circle
Playlist by Keita Fujikawa
今年が終わる。そして1年後には来年も終わる。例えば20年前から比べると世の中の表面的な部分は変化したように見えるが、本質的な部分では何も変わっていない気もする。人々はずっと同じようなことで悩んでいるし、自分自身も何も変わっておらず、結局同じようなことを考え続けている。音楽の聴き方は大きく変わった。制作環境の変化から表面的な音色のようなものも違ってる。けれども、その音楽が自分に与えてくれる感情には20年前から何の変化もない。そしてその感情のCircleをずっと繰り返している。今の気分で選曲した。
Unanchored
Playlist by Mitch
秋も本格的になってきたな、などと思いながらプレイリストを作り、次の号に載せようとまとめたものの、忙しさに甘えて肝心の号のリリースが遅くなってしまって、結局、ホリデーシーズンに突入してしまった。
そういう意味で、いま聴けばやや季節外れなセレクションになっている感じもあるけど、歌詞や、タイトルや、そういった言語として明示されたものよりも、曲調や、楽器の響きや、アレンジなどに気分を委ねるならば、悪くない気もする。
12月の初めまでは暖かかった。そして、中旬を過ぎて、一気に冷え込んできた。雪も降った。そんな2022年も、あと少し。
Team UNDESIGNED of this issue are...
Producer / Editor / Video Editor
Takashi Sasaki
大阪生まれ香川育ち.野球ばかりでデザインとは縁がなかったが,デザイン関連の取材を通して,その考え方やプロセスに惹かれたひとり.
Editor in chief /
Michiaki Nishio
広島生まれ.建築およびデザインと人間の接点から社会や未来を夢想するのが癖.普段は建築を軸にデザインの実践と教育に携わる.
Regular editor / Editorial designer
Maiko Teramoto
広島生まれ.素敵なものが,なぜ素敵なのかを考えがち.もちろんデザインでも.古今東西全ての本と映画を見漁るのが叶わぬ夢.
Special thanks for this issue:
Keita Fujikawa, WORD AD HIROSHIMA committee,
Supported by Anabuki Design College Hiroshima